1.守られるべき「自由」
人間のもとで暮らす家畜や伴侶動物は食べることや安心して眠る場所に困ることはないが、一方で自然界で生きる野生動物のように自らの意思で「自由に生きる」ことはできない存在である。ゆえに私たちが動物と暮らす前提には、彼らが有する「自由の権利」の保障があることを忘れてはならない。
彼らの自由を大切にしようとする基本の考えには「動物愛護」と「動物福祉」がある。前者は「動物を愛し、護る」という我々が動物に対して抱く感情を示した人間主体の考え方で、日本においては「動物愛護法」や「動物愛護センター」といった名前から耳馴染みのある言葉である。後者は動物が備え持つの種の本能や習性に沿い、生まれてから最期を迎える瞬間まで「よりよく生きる、幸福な状態」を実現しようとする概念で、「かわいがっている」「大切にしている」という人側の感情や考えを抜きにして判断・評価する動物主体の考え方といえる。英国を起点に提唱された「The Five Freedoms for Animal(=5つの自由)」は家畜のみならず、伴侶動物・実験動物など、あらゆる人間の飼育下にある動物の福祉の指標として国際的に認めらた基準となっている。"
2.犬の本質を知り、受け継ぐ
しかしながら、我々は動物を家畜や展示動物として利用しながら暮らしていることも事実である。そうしたなかで「動物がどれだけストレスなく快適に幸せに過ごせるか」「動物にとってよい生涯にできるか」を考えるのが動物福祉であるならば、伴侶犬の繁殖を生業とする私に何ができるのだろうか問うてみた。
先に挙げた動物が保障されるべき「5つの自由」とは、1.「飢えと渇きからの自由」2.「不快からの自由」3.「痛み・負傷・病気からの自由」4.「本来の行動がとれる自由」5.「恐怖・抑圧からの自由」である。
生殖の営みを用いて命の恵みを人間に供する繁殖犬(もっとも繁殖犬などという犬は存在しないのだが)も5つの自由が守られなければならないのは当然である。1.2.3.5.については生命維持そのものにかかわる最も基本的な権利であって、家庭犬といくばくの違いもあってはならない。
特筆すべきは4.である。犬という動物は人と暮らしてきた長い歴史の過程で、協働するために必要な能力を身につけるよう交配し作出された。古代人間と共にの戦いの場に立った軍用犬、中世以降狩りのパートナーを務めた狩猟犬や家畜の制御を担った牧羊犬など、特異な能力をもつ個体が掛け合わされ一定の習性をもつ個体群(=犬種)が生まれた。その後人間の行動様式の変容に伴い、生活の支援や精神的なケアを行う使役犬や伴侶犬となった彼らにも、そのDNAには本来の習性や能力が刻まれていることを忘れてはならない。繁殖家の使命の一つは各々の犬種がもつ本能
を自由に発揮できる場をつくり、安全に後世へと受け継いでいくことであろう。
3.負の遺産を断ち切る
犬種の特質を固定する作業は大きな代償を伴った。同様の習性や形質を持つもの同士で繰り返された交配は、不幸にも犬種特有の遺伝性疾患をも定着させた。さらに遺伝的多様性が確保されない近縁での繁殖によって、犬は人間以上に様々な腫瘍を患う種となった(近交弱勢)。
もちろん疾病の全てを遺伝的な問題ととらえることは正しくない。イヌ科動物に必要な栄養成分の摂取、適度な運動や睡眠の確保など日常の健康管理が疾病予防に不可欠であることは言うまでもないが、DNAに潜む先天的な疾病は生物学的に正しい繁殖管理以外に防ぐことはできない。ゆえに職業ブリーダーは繁殖を手掛ける犬が犬種の特有の遺伝性疾患因子を有するか否かを把握しなければならない。遺伝子検査の結果、不幸にしてアフェクテッド(遺伝病の原因遺伝子を2つもっている)やキャリア(遺伝病の原因遺伝子を1つもっている)であれば、交配相手は大きく制限しなければならない。逆にクリア(遺伝病の原因遺伝子をもたない)であれば、交配相手の状況に寄らず劣性遺伝する遺伝病の発症リスクのある子を生じることはない。つまり、運命的な遺伝性疾患の連鎖は繁殖家の正しい知識と誠実な交配管理によってのみ断ち切ることが可能な問題である。
4.毛むくじゃらのシッポの声を伝える
私が初めて犬と出会ったのは小学校6年の頃、長年ためていたお小遣いを全て使ってシェットランドシープドックのブリーダーさんから「ロッキー」を譲り受けた。あれから50年近く経ち、今でも彼と近所のグランドを力いっぱい走ったことや、思春期の孤独な夜にそっと寄り添ってくれた肌の温もりを忘れることはない。
そして、いま私が暮らす7頭のゴルたちは、朝になると決まって耳を後ろにくっつけ、クリクリした目をまっ直ぐこちらに向けながら、ブンブンとシッポを振り回して私を散歩に誘ってくる。自分の想いに噓のつけない毛むくじゃらのシッポの動物は、飾らず在りのままの自分でいることの大切さを教えてくれている。
ブリーダーがやるべきことはただ一つ、直向きで誠実な相棒の本質と魅力を正しく伝えることに尽きる。そのために、私たちROKKO BASE K9犬舎は科学的探求心と論理的思考をもって、彼らが発する声なき声と真摯に向き合い、犬を愛する全ての人に代弁していくことを約束する。"